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2005年4月の26件の記事

2005年4月28日 (木)

MOKA

20050427

最近、MOKA の快活な音楽がお気に入り。

火消し屋小町」の CD アルバムに続けて、「恋文日和」、そして「愛と友情のブギウギ」も入手。

「火消し屋小町」と「愛と友情のブギウギ」は NHK 夜の連続ドラマ (Wikipedia) で、後者は 現在放映中

「恋文日和」は 映画 だけれど、映画を見たことないのに、サウンドトラックを買ってしまった。

2005年4月27日 (水)

仕事の減り張り

自分は会社で、昼休みとか定時後の休憩時間になるべく仕事のことはしないようにしている。また、残業も極力せず、明日以降に延ばしても差し障りの殆どない仕事も意識的にやらない。

学生の時は自分の好きなように時間を使えたから、大学からの帰りはいつも最終バス。何をやるにしても休憩との区切りを付けず、気の赴くままに長々とやっていた (いつも休憩だったという指摘については棚上げしておく)。

でも、今まで会社で仕事をしてきて、区切りを付けず、ただ長々とやっても能率は良くないということが体感的に分かってきた。

小休止を取らないと、どうも思考が進まなくなってくるし、集中力もそう持たない。適度に小休止した方が、結果的には作業に従事する総時間も短くなるような気がするし、疲労度も少ない。

しかし残念ながら、自分の周りが小休止を取って気分転換って人ばかりとは限らない。

さほど急を要しないようなことなのに、休憩時間中に仕事の話をされることだって結構ある。こういうとき、自分の時間を壊されているような気がすることもある。ちょっと表現が悪いけれど。勿論、気分転換になるようなとりとめのない話とかだったらいいし、寧ろ歓迎すると思うよ。だけれども、お仕事のことはちょっと頭から離れさせてくれって。

最近は予防策として、休憩中も在席しているときは、イヤホンを付けたりしている。こうすれば気晴らししているように見えるだろうし、万一緊急事態が発生しても声は掛けられるだろうってことで。

残業についても、最初は早く帰ると、仕事を余りしてないとか、楽しているとか思われるんじゃないかと考えて、それが不安で何となく残っていたことがあった。でも、翌日以降に気持ちよく出勤できるようにするため、最近は、「残業をするのは定時の勤務時間内に仕事をこなす能力がないからだ」ぐらいに開き直って (勿論、口には出さんよ)、積極的に早く帰るようにしている。そりゃ、よっぽど突発的な問題が発生したときは残業もやむなしだけれど (突発的な問題に出くわす前に帰ろうという気持ちもあったり)。

いつも残業しているような人も、どうもほかの人より早く帰ることに躊躇しているみたい。たまたま自分の方が残っていると、いつも残業している人から、よく
「もう帰っちゃうけれど、大丈夫だよね。」
とか
「先に帰るけれど、いい?」
なんて念を押すように言われる。もしかしたら自分と同じように、先に帰ることが不安に感じちゃうんかな。そんな邪推をしてみたりすれば、ちょっと面白い。
「そういつも頑張って残業しないで、なるべく早く帰るようにしましょうよ」
って言いたくなってしまう (勿論、言いません)。

2005年4月25日 (月)

愛・地球博に 4回以上行くぞ

もう4月だけれど、今年の目標。今、決めた。それは、

愛・地球博 に 4回以上行くぞ。

某氏曰く、かなり「前向きな志向」らしい。

いや、でもね。開幕してもう 1カ月経つのに、まだ 1回も行ってない。残り 5カ月。1カ月に1回ぐらいの頻度で行かないと目標に届かないのね。

2005年4月24日 (日)

なゆた浜北、春の市民文化祭

なゆた浜北 の「春の市民文化祭」で吹奏楽演奏に出演。

20050424
ペンタックス *ist DS、DA 18-55mm F3.5-5.6AL、18mm (28mm 相当)、プログラム AE、ISO 400。
バンドの記録係という名目(?)で、本番前に雰囲気だけでもと写真撮影。本番中はさすがに無理だったけれど。

司会は、この辺では結構有名らしい松千代さんと、地元高校生タレントの SATO さん。この辺出身じゃない自分にとっては何だかよく分からんけれどすごい組み合わせ。

しかし、思ったより聴衆が少なかった (少なくなってしまった?) なぁ。

何はともあれ、地域振興に貢献できた、のかな。

「写真付き」のカテゴリ

意図的に写真を入れているときもあったけれど、折角だからこの際、「写真付き」というカテゴリを新設してみよう。

それにしても、過去に遡って写真の付いている記事のカテゴリを編集するのは面倒くさい。カテゴリをまとめて設定みたいな UI がココログにあればいいのに。

で、カテゴリの設定完了。写真付きの記事全部という訳じゃないけれど。

名古屋空港の思い出 にも写真を追加してみた。

E-200 買っちゃった

20050423

E-200、結局これ、買っちゃった。25,000円。

メモリカードを入れたり、デジタルカメラを PictBridge で直接接続して、ちょっと使ってみた感想。

やっぱりお手軽。メモリカードを入れて、画像を選んで1分ちょっとで印刷完了。これぐらい簡単なら、プリントするのも億劫にならなくていい。それに小さいのも有り難い。面積はボックスティッシュぐらいかな。勿論、2L とか A4 とか大きなプリントは無理なんだけれど、そういうときこそ DPE 店でプリントを頼めばいいし、手軽さ優先ってことで。

ぱっと見た画質も期待通り。一体型とはいえ、さすが 6色顔料インク。これなら、ちょっとプリントして人にあげるっていうときなんかにもちょうどいい。それに、この画質なら自分で撮った写真を絵葉書みたいにするってのにも十分使えそう。ただ、よく見ると、人の顔など階調が変わるところでインクの粒が見える。些細といえば些細だけれど、やっぱり DPE 店でプリントしてもらった写真の方が階調の滑らかさは上。もっとも PC と接続してプリントすれば、1440 x 720dpi から 5760 x 1440dpi に解像度が向上するから、また印象が違ってくるかも知れない。

PIM III、Exif Print に対応で、*ist DS の特徴を生かせるのは安心。PIM を有効にしたときと Exif Print を有効にしたときのそれぞれをプリントして比較しても、違いはよく分からんかったけれどね。画像 (撮影状態) によって差が出たり出んかったりするのかも。

E-200 に接続した MO や (持ってないけれど) CD-R ドライブにメモリカードからバックアップできるし、MO や CD-R にバックアップした画像を E-200 から直接プリントできる。でも、ドライブに接続するインタフェースが USB 1.1 のためか、とんでもなく遅い。これじゃ実用はちょっと厳しい。まぁ、MO へのバックアップは DynaMO 1300LT Photo があるからいいんだけれど。

2005年4月22日 (金)

ロック岩崎さん

軽飛行機墜落 1人死亡 但馬空港 (神戸新聞)

「ロック岩崎」こと岩崎貴弘さん。4月21日、兵庫県豊岡市岩井のコウノトリ但馬空港でアクロバット飛行の訓練中に墜落し、逝去されたとのこと。

20050421

ロック岩崎さんを初めて見たのは、2000年10月に航空自衛隊浜松基地で開かれた航空祭「エアフェスタ浜松 2000」のとき。小型複葉のプロペラ機、ピッツスペシャル S-2C による曲技飛行は、ジェット機と違ってとても軽やかで、見ているだけで、もうとても興奮した。

以下はパンフレットにあった紹介文。

現代最高の戦闘機、マッハ2を超える F-15 イーグルを意のままに操っていた男が、階級の上昇とともにフライトから遠ざかるのを嫌い、“生涯飛行機乗り"でありたいとの思いから、飛行隊長という最高位を目前にして退官、エアショー・パイロットへの道を選択した。44歳の男の転身だった。

写真は 2002年11月のエアフェスタ浜松 2002にて。僚機のノブさん (右下) との編隊飛行。JPEG にしていなかったので、ネガのプリントした写真を *ist DS で撮影して取り込んだもの。

自分がロック岩崎さんの飛行を見たのはこの 2回だけ。今後、こうして大空を舞うことはないと思うと残念で仕様がない。

享年53歳。これぞ本当の 生涯飛行機乗り。ご冥福をお祈りいたします。

カラーマッチング

先日、カラープリンタが欲しくなってきた と書いたら、トラックバックを頂いた。

Print にハマル

カラープリントではまると大変そうだなと思っていたのがカラーマッチング。例えば Windows では ICM という色合わせの機構が用意されているけれど、カラーマッチングとは、簡単に言えば、モニタで見た色合いとプリントした色合いを揃えることで、これが不完全だと、画面では綺麗な色に合わせたつもりだったのに、印刷したら思った通りの色が出なかったということが起きる (嘘を書いていたらごめんなさい)。

これをやるには、画像編集に適したモニタやカラーマネジメントの機能が充実したアプリケーションを使いたいところ。でも、あいにくそういうものは揃えられていないのよね。

それより当面は、Exif Print や Print Image Matching など、最近のデジタルカメラとプリンタが持っている便利な機能を活かしつつ、やっぱりお手軽お気楽にプリントしたい。それに、画像を自分で補正するより、補正せずに済むような撮影が出来るように心掛けたい (と強がってみる)。

いや、何れはカラーマッチングを自在にこなしたい気持ちもあるんだけれどねぇ。やっぱり敷居が高いや。

2005年4月20日 (水)

みっともない

中国での反日デモに伴う暴動が発生している一方、日本でも在日中国大使館など中国の関連施設に対して嫌がらせが発生しているとのこと。

これに対して中国の参事官が謝罪や賠償を求めているというのには、ただただ開いた口がふさがらないとしか言いようがない。

けれども、そういう嫌がらせをする程度の低い人に対しては、同じ国民として甚だ恥ずかしく思う。なんの理由があって相手のみっともないところを真似するんだろうか。

我が国の国益を損ねるこういう人達は、とっとと取っ捕まってほしい。

2005年4月17日 (日)

初めての耳鼻科

ここのところ、右の耳に違和感。特に綿棒を入れたときにガジガジと音がして気になる。

これは何かまずいかも知れない。そんなわけで、(記憶にある限り) 生まれて初めて耳鼻科の診療を受けてきたんだけれど…。

結果は大したことなかった。違和感の原因は耳の穴の奥に入り込んだ髪の毛。綿棒を入れたとき、髪の毛が鼓膜に触れて音がしていたみたい。

お医者様に髪の毛を取ってもらって診療終了。

これだけのために 2時間半の時間と 1,000円ちょっとの支払い。勿体ない…。

ドルチェの仕事で、スプリングコンサートのビデオを注文しに行くつもりだったんだけれど、行く時間がなくなってしまった (と言い訳)。

しかし、ちょっと驚いたのは、待合室にいる人の多くが待ち時間に携帯電話を操作していたこと。普通は電源を切るものじゃないのか。自分だって PHS といえども電源を切っていたのに。


そういえばとある本で、「PHS なら携帯電話と違って電波の影響が殆どないため、病院内でも使える。病院の職員も院内での連絡用として PHS を活用している。」といったことが書いてあった。

でも、これじゃちょっと説明不足。PHS は一般の携帯電話と識別しにくいため、病院内で使用する場合は病院の許可を得た上で、携帯電話と識別するための手段を講じる必要がある。

詳しくは、総務省の 「携帯電話等の使用に関する指針」の主な内容 (平成9年3月27日不要電波問題対策協議会) を参照。

2005年4月16日 (土)

カラープリンタが欲しくなってきた

カラープリンタが欲しくなってきている今日この頃。

カラーの印刷なんてめったにしないからと、これまでモノクロのページプリンタを使ってきたけれど、*ist DS を使うようになったら、やっぱりカラー印刷を手軽にしてみたいと思うようになってきた。

最近のカラーレーザープリンタは 10万円を下回る機種が増えてきており、個人でも買いやすくなってきた (最新 A4 カラーページプリンター徹底比較 / デジタル ARENA)。印刷品質の安定さも魅力。しかし、やっぱり何だかんだでそれなりの値段がして買うのに勇気が要るし、大きさもあるからアパートの部屋には置きにくそう。安定しているとはいえ、新聞のカラー写真のような印刷品質に満足できないかも知れないし。

カラーインクジェットプリンタは機種が多く、どれを選べばいいのか正直よく分からない。上位機種なら印刷品質もいいけれど、勿論それなりのお値段。専ら写真印刷を目的とした小型のプリンタは手軽さが魅力だけれど、インクの色数など機能が限定されており、印刷品質に満足できるか不安。

そんな中で今、気になっているのは、近々発売されるエプソンの E-200。この手のプリンタとしては珍しい 6色顔料インクで、1年前に発売された E-100 も評判が良かったみたいだから、E-200 の印刷品質にも期待できそう。実売予想価格が 2万円台というのも有り難いし。

どうしようかな。

これ読んでいる方で、何かお薦めのプリンタとか、実際に使っているプリンタの情報とかあれば、是非教えてください。

物騒な

日付が変わるかどうかって頃、うちのアパートで物凄い物音。何か男の怒鳴り声も聞こえた。

おいおい、このアパートに来てこんなに物騒なことはないよ。駐車場には見覚えのない高級車が止まっているし…。

「金がないってのは仕方ないとしても、返すのが遅れるのなら遅れるって連絡くれよ。おまえ、そんなことだと信用なくすぞ。」

変な取り立てではなさそう。アパートの住人とは顔見知りみたい。

いやぁ、多少うるさいのは構わんけれど、もっと穏やかにやってくれんかなぁ。

2005年4月15日 (金)

若きいのちの日記

大島みち子さんの日記「若きいのちの日記」が先月に復刊。かつて「愛と死をみつめて」を読んだことを思い出して、こちらも読んでみることにした。

愛と死をみつめて」は、昭和30年代、軟骨肉腫という難病と闘いながら21歳の若さで亡くなった大島みち子さん (ミコ) と、恋人の河野實 (まこと) さん (マコ) との間で交わされた約400通に及ぶ往復書簡集で、これも昨年末に復刊されている

自分が「愛と死をみつめて」と出会ったのは、中学2年の時。 自宅で初版本を見つけて、その書名に戸惑いながらも読んでみたのを覚えている。最初は、知らない人の手紙なんかそんなに面白くないなと思っていたのが、読み進めるうちに、中学生には未知の二人だけの世界へとどんどん引き込まれてしまった。

ある時、いつものように中学校の教室でこの本を読んでいたら、担任の先生から
「すごい本を読んどるなぁ。」
って言われて、
「この本、先生、知ってるんですか。」
って聞いた。
「そりゃ、知っとるよ。先生ぐらいの年の人はみんな知っとる。」
こうして、これがかつて一世を風靡した本だと知った。

「若きいのちの日記」では、「愛と死をみつめて」には書かれていなかったみち子さんの苦悩が赤裸々に綴られており、強く胸を打った。自らの死期を感じながらも周囲の人に心配をかけまいと努めて朗らかに振る舞う様子なんか、もうなんと言ったらいいか。

ここ数年は純愛ブームだとか。

今はインターネットで恋文をやりとりするのがはやりみたいで、掲示板やらウェブログやらにかかれた恋愛物語も書籍化されているけれど、やっぱり自分が「純愛」とか「恋文」で思い浮かべるのは「愛と死をみつめて」を置いてほかにないなぁ。

2005年4月13日 (水)

1カ月早まった

ウィルコム、他社 PHS からの乗換優遇キャンペーン

ウィルコムおよびウィルコム沖縄は、4月15日~6月30日にかけて、他社 PHS のユーザーで新たにウィルコムに加入するユーザーを対象に、長期利用割引の引き継ぎや契約手数料の無料化など、乗換優遇策を実施する。

とのこと。何とも複雑な気分になる、いや、がっかりするニュースだ…。

自分の場合、ウィルコムへの乗り換えを前提として 3月15日に新規契約。後ちょっきり 1カ月待ってさえいれば、優遇策の恩恵を受けられたのに…。だいぶ我慢して待ったつもりだったんだけれどなぁ。

ドコモの PHS は 8年使っているから、今よりもう 5% ぐらい安くなっていたはずだし、契約事務手数料だって戻ってきたはず。

はぁ…。

2005年4月12日 (火)

ローレライ

映画「ローレライ」を見た。

半年余りで 3回も映画館に行ったことなんてないんじゃないかな。しかも一人で行ったのなんて、9年前に見た「(ハル)」以来じゃないだろうか。

まさに手に汗握るっていう感じの作品。映画の鑑賞経験が少ない自分には緊張感と迫力を十分味わえた。いわゆる架空戦記物だけれど、最初の設定にそう無理を感じなかったのも良かった。ローレライのシステムが想像を絶しすぎているのは置いておくとして。

ただそれだけに、詰めの甘さみたいなのが気になった。勿体ない。

自分が気付いたところでいうと、潜水艦の乗組員がそれっぽくない。みんな美男子ばかりっちゅうのはどうなの。海の男の艦隊勤務って感じじゃなかった。もっと油にまみれたりしてないと。

「原子爆弾」っていう台詞も変な感じがする。戦中だったら「新型爆弾」でしょう。

軍令部の浅倉大佐の「東京に原子爆弾を…」の意図も話として強引な感じがしてしまう。そもそも日本軍は米軍の原子爆弾投下作戦を事前に正確に察知できていたっていうのか。それじゃ大佐はスパイだ。

それから二つの殉職シーン。殉職という重い場面なのに、どうも取って付けたような感じがしてしまった。

そして伊507号潜水艦が放った最後の攻撃。あれはもう SF アニメだよ。せめて、テ基地に艦砲射撃して数日間航空機の運用を不可能にする (そして終戦) ぐらいでないと。いや、潜水艦1隻の艦砲射撃で与えられる損害も知れているだろうけれど。

なんて色々悪いことを書いちゃったみたいだけれど、鑑賞して結構満足はしているのよ。だからこそ色々気になっちゃったもんで。

戦争を真っ正面から扱った作品として見るのは正直厳しいと思うけれど (変に美化しているように見えてしまうし…)、純粋に娯楽作品として見れば、かなり楽しめるんじゃないかなぁ。

2005年4月11日 (月)

アイ・アム・サム

3月4日に金曜ロードショーで放映された アイ・アム・サム

洋画は余り好みではないという某氏が、
「これは良かったから見るといいよ。でもどうせ見てくれないよね。」
なんて言うから、それじゃ見てやろうじゃないのと PSX に録画しておいた。それで、1カ月以上経ってやっと見た。

彼の話や新聞の番組紹介欄で物語の粗筋は確認済み。障害者に対する同情を計算した作品じゃなければいいと思ったけれど、その点は自分にとって杞憂だったみたい。

とにかく、主役 (サム) の子供のルーシーが愛らしくていいなぁ。映画では父親の能力を超えることに抵抗を感じて学習意欲がなくなっているとのことだったけれど、なかなかどうして、とっても聡明に見えたよ。あんな娘がいたら、サムじゃなくても父親は手放せなくなるわなぁ。

終わり方はちょっと中途半端だと思ったけれど、見た人の想像力に任せる余地があるのは嫌いじゃない。それでも、サムとリタ (サムの訴訟を引き受けるエリート弁護士) の二人は結局どうなったのかは、ちょっと気になる。

とてもいい映画だと思ったんだけれど、でもやっぱりこれってフィクションなんだよねぇ。ただ、フィクションって考えると折角の感動もちょっと冷めちゃいそうだもんで、そういうのは余り考えん方がいいかな。

尚、自分は映画に詳しくないため、詳しい人の批評は CinemaScape などの記事をどうぞ。

2005年4月10日 (日)

新竹取物語 1000年女王

新竹取物語 1000年女王 DVD-BOX が出るのかぁ。AV Watch の記事を読んで知ったんだけれど、欲しいなぁ。しかし、ちょっと高いよなぁ。

放映当時、いつも見ていたのは覚えているけれど (主題歌やエンディングだって覚えてる)、どんな内容だったかはさっぱり覚えてなかった。いや、放映当時も難しくて理解していなかった可能性が高いんだけれど。

それでも 2年ぐらい前に「1000年女王」の漫画が発売されてたから、それを読んで内容は分かったんだけれど、だからこそ余計、アニメ版も見たくなるんだよね。

6月21日発売予定。

ティル・ナ・ノーグ V

インペリアルフォース 2 cosmic interceptor が出ると思ったら、その前に ティル・ナ・ノーグ V かぁ。

でもなぁ、ティル・ナ・ノーグ IV DX はちっともやっていないし…。

2005年4月 8日 (金)

今夜もトラブル対応

最近、というよりずっとだけれど、仕事で忙しいといったら、どっかでトラブルが発生したからその対応とか、そんなんばっか。トラブルがなければそんなに忙しくもないんだけれど。

そんなこんなで今日もトラブル対応で残業。

解決への道はすぐそこにあるのに、なんか敢えて遠回りして、道なき道を進まされている気がする。そもそもトラブルそのものをもっと小さくしたり、起こさずに済ませられた方法だってあったはず。そして最大の問題は、そのことに誰も気付かない、いや、気付いているのに気付いていない振りをしている人ばかりってことだろうなぁ。

新製品の開発っていう話もあるけれど、その実際は従来版の陳腐化による焼き直しにしか過ぎなくって、何も目新しいことがない。

それで何年か仕事をやってきて、何か技術とか知識とかを身に付けたって自信を持って言えればいいけれど、そう言えるものも殆どない。まぁ、資格はいくらか取ったけれどさ。

なんか最近また、うっぷんが溜まってるなぁ。

どうせ書く紹介文

ここ数日で、このココログに自分がよく見ている友人知人のウェブログのリンクを何人か追加してみた。

それにしても、知った人を改めて紹介するのはやっぱり難しい。

単にリンクを並べただけにしてもいいんだけれど、どうせならリンク先の内容やその人物について自分がどう思っているかっていうのを読者に知らせたいしねぇ。

それで、まぁ色々考えるわけだけれど、紹介を短く簡潔にまとめようと思っても、これがなかなかうまくまとまらんでいかん。

小学校か中学校ぐらいの時でも国語か何かの授業で、隣の席の人のことを 1分で紹介するとかっていうのはよくあったと思うけれど、そうやってよく知っている人のことを紹介するっていうのは、その人のことを改めて見つめ直すいい切っ掛けになるね。って、本当にちゃんと見つめ直したんかい。

ここで紹介された方で、もし紹介文が気に入らなかったらまた考え直すんで、その旨お知らせ下さい。

2005年4月 6日 (水)

全国版を更新

カーナビゲーション用の地図ソフト CD-ROM「ナビソフトドライブマップ SUPER 全国版 10 拡張フォーマット専用」を入手。優待版のため 9,765円。

中部の地域版は毎年更新しているけれど、全国版はカーナビゲーション本体に添付されていたソフト以来、8年ぐらい更新したことがなかったので、そろそろ新しくしてもいいかなと。

従来の全国版は東京23区と政令指定都市のみ 50m スケール相当の地図が収録されていたが、最新版は全国が 50m スケール相当で収録されていて、より実用的になっていた。

もうこれで中部以外の地域への遠出もばっちり。でも、今のトゥインゴでは中部の地域版以外の地域に出掛けたこと、ないんだよなぁ。機会があれば自分の車で九州とか行ってみたい気もするんだけれどねぇ。

竹島問題って何

最近、ニュースでよく話題になるのが竹島についての問題である。

竹島といったら、愛知県蒲郡市にあるあの 竹島 を真っ先に思い浮かべてしまうが、ニュースになっているのは蒲郡市の竹島よりもずっと小さい、島根県隠岐郡隠岐の島町にある竹島 (韓国側呼称「独島」) である。

自分が中学の時に学校で学んだ日本の領土問題は、確か北方四島のことが中心だったため、竹島や尖閣諸島の争点について、詳しく知らなかった。そこで、島根県の竹島 (以後、単に竹島) についてちょっと調べてみた。

現在の竹島は、実質的に韓国の支配下にあるようで、守備隊の常駐、有人灯台や接岸施設の設置等が韓国によってなされている。日本の漁船がうっかり竹島に近付くと韓国軍に拿捕されてしまうらしい。

この韓国の支配が始まったのは 1952年、初代大統領の李承晩 (イ・スンマン) が、いわゆる「李承晩ライン」を宣言してからとのこと。そして、独島に対したわが国の領有権は歴史的な事実と国際法上の領土主権確立の核心要件である「実効的支配」によって確固不動というのが 韓国の基本的立場 としている。

これは早い話が奪ったもん勝ちということだ。そうなると、尖閣諸島も北方四島も日本の実力は殆ど及んでいないだろうから、日本が領土を主張するのは誤りということになるのだろう。

一方、日本はほかの領土問題と同様、史料を引用して、竹島が我が国の領土であることを主張している。外務省の竹島問題の解説 によると、江戸時代の初期 (1618年)、伯耆藩の大谷、村川両家が幕府から鬱陵島を拝領して渡海免許を受け、毎年、同島に赴いて漁業を行い、アワビを幕府に献上していたが、竹島は鬱陵島渡航への寄港地、漁労地として利用されていた とあり、1618年には江戸幕府によって認知されていることが分かる。また、明治政府によっても 1905年 (明治38年)、1月の閣議決定に続き、2月の島根県告示により竹島を島根県に編入し、竹島を領有する意思を再確認しているとあり、当時の新聞によっても報道されているらしい。

これに対し韓国は、1454年の「世宗実録」に「于山島」という名前で竹島があるとしている。しかし日本側は、「太宗実録」の 1417年の項に「于山島に男女86人が住んでいた」といった記述があり、総面積は約0.23km2 の竹島に 86人も住めるはずがなく、「于山島」は竹島と異なるとしている。また、韓国で1530年に発行された「八道総図」では、地図で于山島が今の竹島とは違う位置に描かれており、やはり于山島が竹島とは考えにくい。

自分が日本語しか分からず、どうしても日本側の立場に立った資料が多くなってしまって不公平だとは思う。けれどもこうしてちょっと調べてみると、やはり竹島が古くから韓国によって認識されていたとは考えにくく、歴史的には日本の領土であったと考えるのが妥当なように思える。やっぱり韓国側の最大の主張は、「今は韓国が実効支配しているから韓国領だ」ということなのだろう。

そして、韓国政府は実効的に占有している我々の領土で、外交的な交渉の対象とできないというのがわが政府の基本立場と明言しており、そのため、日本が国際司法裁判所に付託することを要求しても韓国は応じないということらしい。

2005年の今年は、日本の立場でいえば竹島が国際的に日本領となって100周年となる。島根県議会が「竹島の日」の制定に関する条例を可決して以来、本来は別問題であろう教科書検定問題や日本の国連常任理事国入りの問題なども絡んできて、韓国の国民感情は相当悪化しているようである。一方の日本国民は何となく無関心な感じがし、かなりの温度差があるように見える。なんにしても、とても残念なことだと思う。

尚、竹島問題については、上記文中のリンクのほか 竹島 (島根県) - Wikipedia竹島問題Yahoo! ニュース - 竹島問題 が参考になる。上記はこれらを参考に、適当に掻い摘んで書いただけで、不正確なところや不十分なところもあるはずなので、詳しいことはこれらのリンク先などのうち、信頼できる情報を参照するようにしてね。

2005年4月 5日 (火)

転送でんわサービス

ドコモの PHS からウィルコムの PHS に電話を転送するようにドコモの 転送でんわサービス を設定。この設定でドコモの PHS に電話がかかってくると、転送先 (ウィルコム) の PHS には発信者の電話番号が通知されないと思ったら、しっかり通知された。

例えば、発信者の番号が 090-1234-5678 で、転送元が 070-5555-5555 だとすると、
「09012345678→07055555555」
と、転送されたことが分かるように表示される。

でも、これは AH-K3001V だけかも知れないし、ウィルコムからドコモへの転送だと結果が違うかも知れない。

2005年4月 4日 (月)

やっぱり ETC はいいなぁ

なおみさん、のりひささん 達と久しぶりにルノー浜松 でお会いしてお喋り。

二人とも自分と同じ愛車のトゥインゴが縁で知り合った人達で、今はそれぞれ ルーテシア の 1.2 クイックシフト 5 と RS 2.0 に乗っている。二人ともトゥインゴには強いこだわりを持っている一方、3人で一番適当な自分が未だにトゥインゴに乗っているというのは何だか妙な感じがする。

この日はなおみさんのクイックシフトを運転させてもらうという貴重な体験もできた (なおみさん、有り難う)。トルコンや CVT のオートマチックに付いているマニュアルモードと違って、クイックシフトのマニュアルモードは何となく直感的で、ずっと使いやすいなと思った。

話題は色々あったが、特に気になったのはなおみさんが使い始めた ETC について。知らない間に数多くの割引制度が始まっていて、これが普通にハイウェイカードを使うよりずっと経済的になりそうなのである。更にトゥインゴの場合、運転席が左にあるため、料金所でのやりとりが不要になるというだけで有り難いんだよなぁ。

尚、割引制度などの詳しいことは ETC 総合情報ポータルサイト が参考になる。

もう自分の車は古いし、今更 ETC の車載装置を付けてもしようがないかと思っていたけれど、これなら今からでも付けた方がいいかなとか考えてしまう…。

そうそう、関係ないけれど、なおみさんは Webしずおか インターネット・カフェ のリスナーだってことが判明。

2005年4月 1日 (金)

インペリアルフォース 2

システムソフトが発売した PC-9800 シリーズ用の戦略型 SF シミュレーションゲーム「インペリアルフォース」は、高校時代にかなり夢中になったゲームで、もう自分の中では最高傑作といっていいぐらい。それが 15年ぶりに新しく「インペリアルフォース2 cosmic interceptor」という名前になって発売されるとのこと。

前作「インペリアルフォース」は、艦隊を編成して惑星を占領し、宇宙の覇権を握るのが目的のゲームで、ルールはとても簡単。出てくる艦種は少ないし (戦艦、巡洋艦、高速艦、強襲艦、偵察艦の 5種)、やることといったら、艦を生産して艦隊を編成し、後は偵察、占領。敵艦隊が出てきたら戦闘するぐらい。

同社の「ティル・ナ・ノーグ」と同様、ゲームを始める度に新しいマップが作成されるのも特徴。気軽に何度でも遊べるのが良かった。気軽といっても、複数の敵国家を相手にして、星間ネットワークの中枢に位置する惑星を取り合うところとか、結構熱くなった。

新作でも、前作の手軽さ、戦略性、無限に遊べるところなんかはそのまま保たれるとのこと。これなら期待は膨らむんだけれど、製品情報を読むと、前作では殆どないに等しかった内政のパラメーターが増えていたり、艦隊編成や戦闘も色々要素が追加されるみたい。艦艇設計とかもあるし、本当に手軽さが損なわれていないだろうかと不安。

「インペリアルフォース」には別の続編として「ストラディア」というゲームが出ていたけれど、これは艦隊の移動に慣性が付いたりして色々ややこしくなって、手軽さがなくなってがっかりした覚えがある。今度は「2」を名乗る以上、前作の良さを失わないで欲しい。

後、出来ることなら前作そのままの Windows 版も収録して欲しいんだけれど、無理かなぁ。

同級生発見

コンピュータの未来を切り開くインタフェース - WISS2004 (9) インタラクティブなデモ展示

いやぁ、びっくり。幼稚園、小中学校の時の同級生が出てる。賞を取ってる。

彼は秀才だったけれど、今は大学院大学の助手か。すごいなぁ。

スタイラスでスクロールっていう着想もすごいなぁ。

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