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2007年3月の8件の記事

2007年3月21日 (水)

今日は一日吹奏楽三昧

春分の日。体調もすっかり良くなったということで、岡崎に愛車を取りに帰ったその戻り、null ちゃんから「NHK-FM で吹奏楽特集やってます」とのメールを貰う。

すぐカーオーディオを NHK-FM に同調すると、あぁ、やってる。佐渡裕さんが喋ってる (今日は一日『吹奏楽』 三昧 (ざんまい))」。最初の方は聴きそびれたけれど、吹いたことのある曲が結構あるなぁ。

以下、吹いたことのある曲の一部 (吹いてないのも若干含む)。

「メダリオン (モアトン)」非常に思い出深い曲で、思い出すのは中学時代の中部日本吹奏楽コンクール本大会。トリオからの旋律が高くて難しくて、ユーフォニアムは1本だけで、後にも先にもあれほど緊張したコンクールはない。放送では聴きそびれたけれど、聴きたかったなぁ。

「アレルヤ! ラウダムス・テ (アルフレッド・リード)」 これも聴きそびれたけれど、中学か高校の時にやった記憶があるなぁ。両方でやったのかも知れない。

「アフリカン・シンフォニー (マッコイ)」聴く機会も吹く機会も多く、所属した全てのバンドで演奏してる。編曲者の岩井直博指揮、東京佼成ウィンドオーケストラの LP (!) も持ってる。

「リンカンシャーの花束 (グレンジャー)」厳密には吹いてませんが、まぁ、大学時代に色々ありまして定期演奏会でちょっと。拍子が繁分数になってたりしてややこしかった。放送されたラトル指揮の CD も持ってる。3楽章はソプラノサクソホン旋律の B バージョン。

「アルヴァマー序曲 (ジェームズ・バーンズ)」三倉茉奈さんと三倉佳奈さんのリクエストだったけれど、高校時代に飽きる(?)ほどやったっけ。

「たなばた (酒井格)」大学時代、合歓バンドクリニックに行ったとき、新譜として紹介されてたけれど、その後、瞬く間に広まった印象がある。

「旧友 (タイケ)」高校時代によく吹いた。高校の時はこういう典型的な行進曲を沢山やった記憶がある。

「吹奏楽のための民話 (コウディル)」中学1年。吹奏楽部に入って、初めて渡された楽譜だ。

「歌劇『ローエングリン』から『エルザの大聖堂への行列』 (ワーグナー)」 放送では聴きそびれたけれど、10年前の大学の定期演奏会でやったね。1カ月前にもやったね。

「狂詩曲『ノヴェナ』 (スウェアリンジェン)」これも放送では聴きそびれたけれど、中学時代に吹いたっけ。大学の時も吹いたかなぁ。

「『アルルの女』組曲第2番から (ビゼー)」 大学時代の定演で、本番の 1週間ぐらい前に決めたアンコールが「ファランドール」 本番では思わぬ事故があってね。

「歌劇『ウィリアム・テル』序曲 (ロッシーニ)」 大昔のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の来日演奏会でアンコールの曲目だったそうだけれど、自分の大学時代も後半の有名なところのみ、定期演奏会のアンコールでやった。

「マゼランの未知なる大陸への挑戦 (樽屋雅徳)」 これは吹いてないけれど、先週、大学の定演で聴いたばかり。そうか、近年の邦人作曲作品の大ヒット曲だったんだ (流行を全然知らない…)。

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2007年3月20日 (火)

1.5日消化

月曜の午後に続けて、火曜も休むことにした。お陰でだいぶ体調も良くなった。図らずも年次休暇 (有給休暇) を1.5日消化。今年度もあと1カ月となったが、これまでよりも年次休暇を多く余らせてしまいそう。

世間で注目された某 IT(?) ベンチャーの元経営者ではないが、自分も若干、下痢体質のところがある。ほかにもそれなりに風邪を引いたりしたから、昨年度までは計画的な物も計画的でない物も含め、何だかんだでうまいこと年次休暇を消化してきた。

ところが静岡に来てから不思議と体調が悪くなることが少なくなった。風邪らしい風邪も引かない。やはり、浜松時代よりも任される仕事の範囲が格段に増えて、気が張っているんだろうか。学生時代もそうだったけれど、気が張ると病気になりにくいような気がする。それで、ふっと気が緩むとちょっと大きな病気なんかしたりして。

今回もそうだったんかな。幸い大したことはなかったけれど、病気はしたし、仕事はほったらかしだけれど、結果的にいい休息になったかも知れない。

やることは溜まる一方なのに、「残業減」と「年次休暇消化」という会社の指示。残業代も出るし、年次休暇もしっかり支給してもらえること自体は本当に有り難いと思うのだけれど、とにかく仕事を効率的にこなして、うまくサボって (うまくサボるのも一つのカイゼン活動だろう)、年度末までの1カ月、消滅前になんとか休暇を消化せねば。

まあ仕事が溜まる一方なら、出来んことは出来んと言やあいいんだけれど、そんなに自信家じゃないし、こなせない自分に問題 (改善の余地) があるような気もするから。

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2007年3月19日 (月)

第50回の節目に

先週の土曜は出身大学の吹奏楽団の定期演奏会。引退して年数が経っても、これだけは毎年欠かさずと行っているのであるが、昨年、自分の直接知っている OB、OG で会うことの出来たのは寂しいことにほんの数人。

しかし、今回は第50回の記念演奏会であり、これまで (少なくともここ数十年の間) にはなかった試みとして、OB OG 合同ステージも企画されている。自分も昨年から連絡係として微力ながらお手伝いしてきたし、今年も勿論、行かないわけには行かない。

本当は合同ステージそのものの参加もちょっと考えたけれど、静岡から愛知まで毎回練習に行くのは厳しいかなぁと思ったことなどを理由に参加を断念。

久々の会場となった名古屋市民会館に行くと、開演直前にもかかわらず当日券売り場は長蛇の列。あっけにとられていると後ろから某後輩に声を掛けられた。数年ぶりの再会。学生時代は私の「ファンクラブ会員1号」を名乗ってくれた彼女も、今や二児の母だ。

入り口で招待状を渡し、中に入ると、席を見つける前に予鈴が鳴ってしまった。っていうか、空席が殆どないんだけれど。すごいなぁ。

全4部構成のうち、最初の3部は現役学生による演奏。どれも実に良く仕上げられていて、身贔屓じゃなく、感心してしまった。自分達がやった定演よりもずっとうまかったような気がする。大体、数年前からだったとは思うけれど、賛助出演を要請しないで、団員だけで編成を組めるというのが羨ましい。

ステージの合間の休憩中、辺りを見回すと、旦那さんを紹介してくれるといってた H さんはじめ、顔を見るのが久しぶりの★さん、今回ただ一人会えた同期の Y さん、ほか知った顔がちらほら。みんな近くにいたのね。自分と同様、毎年定演に行くのを欠かしたことのない S 君も無事、辿り着いたようだ。

最後の4部が OB OG 合同ステージ。団員 69名、OB OG 50名の全119名による文字通り、舞台から溢れる大編成に仰天。ややもすれば演奏会のおまけというか余興になりがちな OB との合同ステージだが、この演奏会に限ってそんなことはなく、「アルメニアンダンス・パート1」は勿論、アンコールの「アプローズ!」が終わった瞬間、ぞくぞくっとした。

20070317

全ての演奏が終わった後はロビーで懐かしい人達と歓談。特に、自分より少し上の先輩方と会うのは久しぶりだった。

しかし、客席で十分に堪能できたとはいえ、こんなすごい演奏会になるんなら、自分も頑張って出てみれば良かったかなとちょっと後悔。こんな盛大な演奏会は近いうちにもうないかも知れないけれど、あるのなら是非出てみたいもんだ。

それにしても今回、残念だったのが、名古屋に行く前に体調を崩してしまったこと。わざわざ前日に年次休暇を取って、自動車を運転して岡崎に帰省したんだけれど、帰省した途端、風邪をこじらせてしまったらしく、熱が出たりして散々だった。

定演の当日は念のため、医者に見てもらったけれど、愛知で猛威を振るっているインフルエンザ (岡崎市内は学級閉鎖が相次いでいるらしい) じゃなかったことが判明し、取り敢えず一安心。看護師さんに「帰省してほっとして、仕事の疲れが出ちゃったんかも知れんねぇ」と言われたけれど、そうなんかな。

そんなわけで、少し熱は残っていたけれど、名古屋には頑張って行くことにした。その甲斐あって、素晴らしい演奏会と沢山の人に邂逅できて、本当に良かった。

月曜はどうしても外せそうにない仕事があったから、日曜は実家で体を休めて、夜に新幹線で静岡に戻った。愛車は岡崎に置きっぱなし。月曜は午前中だけ出勤。熱は一時期より引いてきたけれど、おなかが緩いまんまなので、午後は自宅療養。

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2007年3月12日 (月)

一世一代の慰問演奏

続けて二つの記事を書くのは面倒だけれど、忘れないうちに。

日付が変わって一昨日、昨日と吹奏楽の練習、本番で浜松 (浜北) へ。

昨日は練習前に浜北に愛車を止め、遠鉄に乗って浜松の中心市街に行き、眼科検診。前の検診の時、散瞳薬の点眼があって運転できなくなったから、今回は運転しなくても済むように、練習場所の駐車場に車を止めといて、そこからパークアンドライド。練習が終わる頃には縮瞳し、運転も出来るようになるという算段。

ところが今回の検診では散瞳薬を使わなかった。ちょっと肩透かし。でも先生が次回は散瞳して検診すると言ってたので、その時は同じ手を使おう。

閑話休題、昨日はいつもの練習拠点近くにある老人保健施設に行き、慰問演奏。

今回、都合の付かなかった団員が多く、蓋を開けてみればびっくり、まさに小編成 (でもパート毎の人数割合は偶然にもほぼ適正だったか)。

ユーフォニアムのパートも普段はバンド全体からすると本数が多いんだけれど、今回は自分一人だけ。あぁ、一人だけの本番っていつ以来だろうか。少なくともこのバンドに入ってから初めてのような気がする。この前のアクトシティでの本番よりもずっと緊張してしまった。

おまけに今回、なんと「涙そうそう」の演奏で最初の旋律、ソロがあったりして、もうがちがち。ビブラート掛ける前に、得意のビラート全開になってしまったことはいうまでもない。あぁ、面目ない。

20070311

まあ、ソロがなかったとしても、相当緊張してたのは間違いないわけだけれど、この殆ど忘れてた緊張感、それはかなり刺激的だった。本番に弱いのは中学生の時からずっと変わらないけれど、こういう機会は大事にしたいもんだ。

本番が終わった後、「生きてて良かった」と言って喜んでくれたお婆さんに我が音楽監督さんが「来年もまた来るからね」と言ったら「生きてたらね」と返されたという話を聞いて、ハッとしてしまった。と同時に2年前、急逝した祖母のことなんかも思い出しちゃったりした。

そういえば自分は去年の慰問演奏、休んじゃったんだよな…。

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2007年3月11日 (日)

夢で逢えたら

音楽制作を MOKA さんが担当した 夢で逢えたら というアニメ。このサウンドトラック CD を1カ月ちょっと前に見つけて、アニメを見たことなかったにもかかわらず CD を入手。8年も前に出たものらしいけれど、これがなかなか、楽しい音楽が一杯で気に入ってしまった。

うまく言えないけれど、基本的な作風は MOKA さんのそれ、そのもの。だけれど 8年も経っているせいか、近作よりも直球の印象。特に、寂しさを笑って吹き飛ばす「LONELY XMAS」なんか、最近の CD とはひと味違った MOKA さんの歌声も聴けるし、すごくいい。

このアニメ、一昔前、TBS テレビ系列で深夜に放映していた「ワンダフル」という情報(?)番組内でやってたとのこと。「ワンダフル」という番組があったことは覚えてるけれど、当時、特に興味なくて全然見てなかったし、勿論、このアニメのことも知らなかった。放映後、DVD 化もされてたようだけれど、今じゃ既に絶版みたい。レンタルもなさそう。

容易に手に入らないとなると見たくなってしまうんだけれど、それを漸く中古の DVD で発見し、つい先日やっと入手。6分半の話が全部で16本、1時間半ちょっと。物語としてはありがちなのかも知れないけれど、展開が小気味よく、入手したその日に一気に見てしまった。

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2007年3月 5日 (月)

久々ののんびり休日

久々にのんびりした休日。ちょっとのんびりしすぎた。昼寝をしたり、暫くやってなかった部屋の掃除をしたり。ちょっと疲れが溜まってて、姪っ子の初節句だとうのに帰省しなかったけれど、近いうちに帰るつもりだから勘弁してもらおう。

土曜は昼から会社に行って、ちょっと仕事。その後、帰宅して吹奏楽の合奏練習のため、浜北へ。本番が終わった次の練習ということでなのか、パートによってはちょっと出席率低め。でも浜松の選挙の候補者とか、お客様は色々と。静岡市民となった自分には直接関係ないんだけれど。

練習が終わって片付けた後は、先週の本番の反省会。話がとんでもない方向に進んで、反省どころじゃなくなり、おまけにえらく遅い時間になってしまった。役員の皆様、本当にお疲れ様。

その後、食事をし終えたら深夜の 1時。帰りは浜松 IC から東名高速を使ったが (いつもは通行料節約のため袋井ぐらいまで一般道で行くことが多い)、最後の最後、自宅に着いたところで睡魔にやられて、自宅の駐車場に車を止めたまま暫し寝てしまう。

来週は土曜の夜と日曜の午前に練習があって、午後は慰問演奏。土日続けてだからちょっと大変だ。

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2007年3月 3日 (土)

先週の本番の続き

さて、この1週間、何かと余裕がなくて書けなかったが、先週の本番の続きを。

当日は午前中にリハーサル。一通り演目を通すが、第二部の謎の演出をやるには舞台が狭い。パイプオルガンのあるコンサートホールでやるにはかなり無理のある演出だとも思うが、そこが我がバンドの真骨頂ということらしいから気にしてはいけない (でもだいぶ存在感のあるバンドになったことだし、これからは演奏会の主目的と演目と会場の釣り合いをもっと気にした方がいいと思った)。

それにしても、これだけ趣向の凝らした演出を考えた A さんにはただただ感心するばかりだが、自分はちっとも身に付かず、一人だけやってることがおかしかったと思う。どうやら自分はほかと違って間の抜けた動きになるところが逆にいいらしいのだが…。

リハーサルが終わった後、昼食をとり、記念撮影をして (これは自分の撮影ではない)、本番。昨夏の内容盛り沢山な上に長丁場だったと比べて、だいぶ余裕がある。合間合間に色々と撮影する機会も割とある (最終的に 2日間で 200枚弱撮影)。

本番は舞台上から見た感じだとほぼ満席といった様子。演奏も、曲数の割に練習時間が少なくて厳しいかなと思ったけれど、個人的な細かい点を棚に上げれば、悪くなかったんじゃないかと。まあ残響時間の長いホールに助けられたというのはあるかも知れないけれど。

本番が終わったら、急いで (でも自分はもたもたしながら) 片付けて、倉庫を借りている別のホールと楽器を借りた高校に移動して、大型楽器をしまう。

その後は打ち上げであるが、時間があるので、打ち上げ会場とは別の近くの店へ。そこには我がバンドの指揮者、我がバンドの委嘱作品を提供してくださった渡部哲哉さん (リンク先に委嘱作品の今回の初演録音有り)、スーザ研究の第一人者である高橋誠一郎さん、司会をしてくださった牧野光子さんも。自分はただ話を聞いていただけだけれど、哲哉さんの自衛隊式「軍艦行進曲」の演奏法に関する蘊蓄がすごくて、聞き入ってしまった。それと、社交辞令もあるだろうけれど、スーザのマーチ「進めウイスコンシン永遠に」でユーフォニアムの演奏について高橋さんから褒めていただけたことにも一応触れておこう(!)。

打ち上げはほぼ定刻通り始まる。入団してから3年余り経ち、漸くというかやっとというか、この雰囲気にも慣れてきたが、最終の新幹線に間に合うように、自分は一足早く22時にはおいとま。

新幹線では半分うとうとしながら静岡まで。これが自動車だったら酒を飲まなくても帰途、睡魔に襲われ、パーキングエリアで朝まで寝てしまったかも知れない。その点、新幹線は本当に楽だと再認識。なんと言っても、日付が変わる前に帰宅できたのだから。

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2007年3月 2日 (金)

「東海」の思い出

なんてタイトルだと、吹奏楽コンクール東海大会のことだと思われるかも知れないが、そうではない。

なんと、特急「東海」がこの春のダイヤ改正でなくなるというのである。

特急「東海」とは、東京-静岡間を結ぶ JR 東海道本線で唯一の在来線昼間特急のこと。新幹線や高速バスの利便性が向上し、利用客が減少したため、廃止されることになった模様。

なんて書いておきながら、私は特急「東海」に乗ったことがない。乗ったのは15年前、学生時代に乗った急行「東海」である。

当時、東京に住んでた高校時代の級友宅に遊びに行くとき、時刻表の後ろのページを見て見つけた「東京ミニ周遊券」を学割で購入。ミニ周遊券は急行券無しでも急行の普通車自由席に乗車できるため、静岡までは普通列車を乗り継ぎ、静岡から急行「東海」の普通車自由席を利用して東京入り。周遊券なので、東京都区内は有効期限の間、乗り放題。自由席とはいえ、乗客も少なくて快適だし、安くて便利なもんだと思ったものだった。

その後、(どっちが先かは知らないが)「東海」は急行から特急に格上げ、つまり値上げ (割高な特急料金が必要) となり、ミニ周遊券も廃止され、「東海」に乗る機会もなくなったんだけれど。

それでも今は静岡に住んでるんだから、何かの機会があれば「東海」でまた上京したいと思ってたけれど、もう乗ることもなさそうだな。

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